満月
月は欠け、そしてまた満ちる。その繰り返しである。

そこに人智が届くはずもなく、満ちる月を止める術などない。そんなわかりきったことをやはり繰

り返し考えては溜め息をついてみる。

どうにかして月が満ちるのを止めることはできないか?

育ての父、竹取の翁の屋敷の庭で空を眺めながら溜め息をつくのは言わずと知れたかぐや姫

・・・もとい、タロウである。身の上はかぐや姫と同じと思ってもらってけっこうである。「タロウ」と

は一見安易な名前だが、これには著者の深い考察が込められているので多少の違和感は気

にしないで頂きたい。早い話、リクエスト権利者の意向である。

正直なところ、タロウは月になど帰りたくない。月に帰れば、厳格な皇帝に仕える身である。研

修という名目で現し世に送り込まれたのだ、その期間が終われば月に戻り、元の勤めに励むの

が当然のこと、本人もまたそれを望んでここに来たのである。それなのに気が変わってしまっ

た。

なにしろこの世に来てからは、輝くばかりの美しさともてはやされ、チヤホヤされ続けなのだ。お

まけに、月とこの世では金の価値が違っていて、所持していた金で大金持ちになってしまった。

ここにいれば一生遊んで暮らせるのである。いくら出世の道が開けているとは言え、そんなもの

は水物、いつ失脚するともわからない朝廷仕えに嫌気がさすものもっともな話であろう。

しかし、月の朝廷がタロウのそんな我が儘を許すはずもなく、次の満月には迎えに行くと便りが

来た。満月は明日に迫っている。

鬱々とした気分のまま、当てもなく庭から続く竹薮へと足を踏み入れる。

竹は硬く根を張り生い茂り、かすかな風にザワザワと身を震わせながら、月明かりを遮ってい

る。こんな夜更けにここを通る人などいはしない。それゆえ人目を避けるには好都合な場所で

ある。

タロウが養父と巡り合った竹薮である。一方通行ではあるが月からこの地へ渡る隠れ道の出

口があり、そこを通ってタロウもここへ来た。人目につかずその出口から出られるかどうかが、

この世に居残れるかどうかの最初の試練である。

タロウはこの最初の試練で実は失敗している。本来なら、竹の中から脱出し、1人前の姿になっ

てから人々の前に出現しなければならないものを、慣れぬ旅の疲れから一休みしているところ

を養父に見つかってしまった。竹の根元が光り輝いていれば切ってみたくなるのが人情、もちろ

ん養父に非があるわけではない。すべてタロウの過失である。

しかし運がいいことに、養父竹取の翁は理解できないことを深く追求するたちではなかった。竹

の中から赤子が生まれた不自然さ、そしてまた、その子が3日で成人するという、受け入れが

たい出来事をあるがままに受け入れたのである。さすが「タロウ」の飼い主、もとい、養父であ

る。ちなみに「タロウ」とはリクエスト権利者の愛犬の名前である。そしてこの権利者、よく転ぶ。

と言うわけで、暗闇の中、地に這い出した竹の根に足をとられ転倒したタロウ、不幸にも斜面で

あったがため、あれよ、と思ううち、ゴロゴロと坂を転げ落ちる羽目に・・・竹薮なのに竹に引っか

からずに転がるところなど、まさに天性のご都合主義と言えよう。誰が? もちろん著者である。

柔らかな感触にぶつかってタロウの体が止まる。何にぶつかったのだろうと見上げれば、女の

姿があった。

「こ・・・これはご無礼を」

慌てて起き上がり、あちこち痛むのを気にせぬ振りをしながら身についた埃を払う。女はかすか

に笑っているようだ。

にわかに羞恥を覚え、そうそうに立ち去ろうと、軽く会釈をする。そのとき、竹の葉の間から漏れ

た月の光に照らし出された女の顔が、タロウの目に映った。

もとより月の光は柔らかい。太陽光を反射した間接照明であるからだろうか? その柔らかな

光に映し出されるのは嫋々とした風情である。

柔らかなものは心を癒す。一抹の懐かしさがタロウの心に芽生え、その場を立ち去りがたい心

境にさせた。

去るかと思えたタロウが動かぬままなのを不審に思った女が小首をかしげた。その仕種が、ま

すますタロウを足止めする。

「見掛けぬ顔だな? さて、どこの娘御じゃ?」

問い掛けに困ったような笑みを浮かべる。素性を明かすのをよしとは思わぬのだろう。隠されれ

ば知りたくなるもの、さらに興味をひかれ、タロウは改めて女の顔をまじまじと見詰めた。

これといって特徴のない、さして美しくもなければ不器量でもない容貌をしている。だが、どうい

うわけか懐かしさを感じるのだ。視線を動かすときの目の動き、表情に見える雰囲気に好ましさ

を感じて仕方ない。慕わしいと言っても過言ではなかろう。

しょせん、男は美女に心惹かれるものにあらず、美女に憧れはするものの、惚れるということは

滅多にあるものではない。内面から知らず湧き出るその人の、魂の色に惚れるものである。ど

んな美女でもいつでも恋の勝利者になれるとは限らないのはそこに原因がある。「美女」をご要

望のリク権者には申し訳ないが、著者の独断でここは我慢していただこう。なにしろ著者、最近

美女は少々食傷気味で・・・(以下妄想的見栄張記述に付き割愛)

「それでは・・・」

それではと、タロウも頭を働かす。

「それではお屋敷までお送りしよう。このような時刻に、お一人では心細かろう」

しかし女は首を振る。

「近頃この地に参りて、我が屋敷の在り処わからず、迎えの者をひたすら待つ身、捨て置きなさ

りませ」

そう言われて、はいそうですか、と言えるわけもない。ならば共に待ちましょうぞ、困惑する女を

尻目に居残ることにしたタロウ、だからと言って何をどうしたものか、屋敷に送り届けようと申し

出たのが精一杯、黙りこくってその場にいるだけである。

ザワザワと風は竹を揺らし、沈黙する二人の代わりに囁き交わす。月は煌々と天から二人を眺

め続ける。枝折れの音が聞えるのは獣が近くを通り過ぎたのであろうか・・・?

居た堪れないのは女も同じであったようだ。落ち着かぬ様子で、時おりタロウに視線を投げる。

むろんタロウもちらちらと女の様子を窺っている。二つの視線がとうとう重なったときである。

笑みをこぼしたのはどちらが先であったか? クスクスとひとしきり笑いあえば、急に打ち解け

た気分となり、見詰めあうことに躊躇いを感じることもなくなる。

そう言えば名乗っていないと、名を告げれば、「マリア」とはにかんで答える。またも場違いな名

前だが、これもまた著者の深い考察が込められた名であり、早い話、リク権者の意向なのは言

うまでもない。

こうなると、お定まりのコースである。

「なんて可愛らしい名前なんだ」に始まり、相手を賛美し始める。なにしろほかに聞く人もいな

い、多少大袈裟な表現をしようとも、状況がタロウの味方をしている。月明かりのあやしさが、言

葉に魔法をかけていく。

タロウ自身もすでに状況に飲まれている。相手を酔わせるための言葉に己も知らずに酔いなが

ら、心を添わせる呪文がいつか立つ位置さえも近付かせ、とうとうマリアはタロウの腕にすっぽ

り包み込まれる形に・・・

さり気なく手をとり唇を寄せれば、僅かに逃れようとする応えが、さらにタロウの心を煽る。しっか

りと抱きとめれば、心にもない拒絶など簡単にどこかへ消える。

接吻の甘さはなにに喩えよう? まさに神の美酒、身体のみならず心の中まで痺れるように溶

かしていく。

それにしてもタロウ、出会っていきなりこの展開、とても著者には真似できない。どうやら手にし

たチャンスはふいにしないタイプらしい。自分から逃げ出してしまう傾向にある著者とは大違いで

ある。

いや、本当。お疑いの向きもあろうかと思えるが、タロウの口説き文句を省略しているのは思い

浮かばないからであり、この後、話をどうしたらいいものか、実は困っていたりする。とか言いな

がら・・・

唇を奪えば男が次に考えることは一つである。

このまま押し続け、いけるとこまでいってみるか、はたまたここはいったん退いて、相手をもっと

引き寄せるか・・・

できることならここは退き、相手に追わせてみたいところ、少なくとも著者ならそうするが、いか

んせんタロウにはその時間がない。何しろ明日には迎えがくる。

「マリア・・・」

耳元で熱く囁けば、ある種の予感にマリアが震える。それがタロウを滾らせて、戸惑うマリアの

抗いを許さず・・・   (著者の良識と羞恥心と原稿枚数の都合により大幅カット)



 * * *


タロウの思惑などものともせず、やはり翌晩は満月である。

月の朝廷に逆らえるはずもなく、マリアに心を残しつつ、タロウは月へと帰っていった。その後の

タロウも、また結局はタロウに弄ばれただけとなってしまったマリアの消息も定かではない。

ただ著者にはひとつだけわかっていることがある。



月は欠け、そしてまた満ちる。そう、月は満ちるものである。

著者が知っているのは10月後の満月の夜の次の朝、川上から桃が1つ流れてきたことだけで

ある。
                                                 (2003/02/04)
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