光   (1)
ある日、お父さんが言っていた。

「目に見えるものだけがすべてじゃないんだ」

そこで僕は考えた。目に見えないものを探しに行こう。でも、目に見えないのに、どうやって探

せばいいんだろう?




僕は飼い犬のペコに聞いて見た。

「目に見えない物って、どこにあるの?」

「ワンワンワン」

どうやらペコは知らないらしい。仕方がないので、僕は家の外に出た。




雲が軽く空に浮かぶ今日はイイ天気。嬉しくなった僕はスキップしながら公園に行った。雀が屋

根から僕を見おろす。

「目に見えない物ってなぁ〜に?」

「ちゅんちゅんちゅん」

やっぱり雀も知らないんだ。どこかに飛んでいっちゃった。





公園の植え込みをゆっくり猫が歩いていたよ。

「ねぇねぇ、目に・・・・」

「ふにゃあ」

猫は僕の話も聞かずに逃げちゃった。僕のこと、嫌いなのかなぁ。

きっと僕のこと、みんな嫌いなんだ。公園には誰もいなかった。





それでも僕は『目に見えないもの』を探したんだよ。砂場の砂の中や、土管のトンネルの中、

「いけない」って言われているけど、木にも登ってみた。だけどどこにも見つからない。だいた

い、目に見えないんだもの、そう簡単に見つかるはずもないよね。




だけど、僕はどうしてもお父さんが言っていた「目に見えないもの」を見つけたかった。だって、

だって・・・

昨日の夜、怒鳴り声で目が覚めたんだ。あんなお父さんの声、初めて聞いた。何で怒っていた

かは判らないよ。だって僕は寝てたんだもん。

「目に見えるものがすべてじゃないだろう、それがお前にはわからないのか」

お父さんのすぐそばで、お母さんが泣いていた。だから僕は決めたんだ。お父さんが言ってい

たものをもって帰って、こっそりお母さんに教えてあげよう。お父さんが言ったものをお母さんも

判ったと知ったら、お父さんも怒るのをやめて二人はきっと元通り、仲よく暮らしていけるよね。

「もう一緒にはやっていけない」そんなこと言ってたお父さんも考え直してくれるよね。




いくらイイ天気でも日が沈めば暗くなる。気がつくとあたりはぼんやり夕闇に包まれていた。こ

んな遅くまで一人で外にいるのは初めてだ。僕はちょっぴり心細くなって、だけどやっぱり見つ

けるまでは帰れないと思ってた。だけどどこを探せばいいんだろう。途方にくれた僕は土管のト

ンネルの中で膝を抱えて空を見上げた。もちろん空は見えやしない、だってトンネルの中だも

ん。

そのとき僕は、あっと思った。目に見えないのに、そこに空があるって僕は知ってる・・・。ひょっ

としたらこれのことかな、僕は慌てて外に飛び出した。そしたら急に、びゅうって風が吹いたん

だ。




いつの間にか外は真っ暗だったんだ。見慣れたはずの公園の景色がなんだか初めて来た場

所のようで、さっき登った木でさえも、なんだか不気味な生き物のように見えた。強い風がびゅ

うびゅう吹いて、ザワザワ木を揺らしてた。

真っ黒な木の影に、「目に見えない何か」がいるような気がして、僕は震えた。夜の公園は、僕

の知らない世界だ。見たことのない世界、昼間は見えない世界がそこにあった。

(お父さん、目に見えない物ってこれのことなの?)

不安が、暗い中に取り残された怖さからくるものか、それとも見つけかけていた答えが違ってい

たんじゃないかってことから来るのか僕にはわからなかった。

「お母さぁん」

家に帰りたい、だけど怖くって動けない。僕はまた土管のトンネルにうずくまってシクシク泣いち

ゃった。




「タクマ、タクマ。どこにいるんだ?」

お父さんの声が聞こえた。僕はトンネルの中から飛び出した。公園の木の向こうに見える黒い

影は・・・・お父さんだ。

「お父さぁん・・・」

夢中で僕は駆け出した。お父さんも僕に気付いて駆け寄ってきた。

「こんなに暗くなるまでなにしてるんだ? お母さんも心配して・・・」

最後まで言い切らないうちに、お父さんは僕を抱き上げ、抱き締めた。僕の目からはさっきと違

う涙が出てきたよ。涙っていろんなときに出るんだなってちょっと不思議で聞いてみたかったけ

ど、僕はちがうことをお父さんに聞いたんだ。だってそっちのほうが僕にとっては大事だったん

だもん。

「ねぇ、お父さん。目に見えない物ってなぁに?」

お父さんに手を引かれて家に帰る途中、僕は聞いてみた。首を傾げるお父さんに、僕は昨日見

たことを話したんだ。

「僕、一生懸命探したんだよ。だけど見つからなくって・・・ だからこんなに遅くなっちゃったん

だ」

「それでお父さんに聞くのかい? そいつはカンニングだなぁ」

お父さんはちょっとだけ笑った。きっと「苦笑い」ってやつだ。「カンニングってなぁに?」僕は聞

きたかったけど、それもやめた。お父さん、何か考えているみたいだったから。

「あのね、タクマ」

ちょっとしてからお父さんは、ゆっくり僕の方を見ながら話し始めた。

「お父さんが言ったのは『目に見えない大切なもの』のことだったんだよ。そしてタクマはそれを

持っているね」

「僕は持っているの?」

「お母さんが泣いているのを見て、お母さんを助けたいって、タクマは思った。みんなで仲よく暮

らしたいって、タクマは思ったんだよね。それはね、『思いやり』とか『愛情』と呼ばれるものなん

だ。目には見えないものだけど、とても大切なものなんだよ」

「ふぅ〜ん・・・」

だけど僕は納得できなかった。思いやりとか愛情とか、そんな言葉は僕でも知ってる。

「お父さんは、それをお母さんは知らないって思ってるの?」

僕の質問にお父さんは立ち止まった。

「いや・・・」

お父さんはもう僕を見ていなかった。

「それを忘れていたのは・・・お父さんのほうかもしれないね」

家の明かりが見えてきた。玄関先で待っていたお母さんが僕たちに走り寄る。ペコもキャンキャ

ン跳ね回ってる。泣き崩れるお母さんの肩にお父さんが手を置いた――




その日僕は「目に見えないもの」を二つ知った。

1つはお父さんが教えてくれたもの。そしてもう1つは・・・




いつもどおりに3人で仲よくご飯を食べて、いつもと違って今日はお父さんとお風呂に入った。

いつもどおりに「そろそろ寝なさい」ってお母さんが言って、僕は自分のベッドに潜り込んだ。そ

して僕は電気を消した暗い部屋で今日のことを考えてたんだ。

(暗いとよく見えないんだなぁ・・・)

公園と同じで、僕の部屋が別の部屋に見えていたよ。ちょっとだけ怖くなって、布団をがっぽり

かぶったときに、急に誰かが入ってきた。

布団越しに、電気がついて明るくなったのが僕にはわかった。

(あ・・・っ)

心の中で僕は叫んだ。

(光がないと何も見えない、それなのに、光って目に見えない)

電気から光が出るのはわかるけど、物を照らすと光って目に見えない――

「たくちゃん、寝たの?」

お母さんがそっと僕の布団をかけなおした。僕は本当は眠ってなかったけど、眠ったフリをして

いたよ。お母さんの後ろにお父さんがいるような気がしたんだ。なぜか判らないけど、寝たふり

をしたほうがいいって思った。しばらくして扉が静かに閉まるころには、本当に眠くなってたけど

ね。

                                                (2003/04/27)
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